遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)
日本では乳がんが増加しており、年間9万人の日本人女性が乳がんにかかると言われています。女性の30歳から64歳では、乳がんが死亡原因のトップです。そして生涯に乳がんを患う日本人女性は、現在、11人に1人と言われ、女性にとっては最も身近ながんです。
がん(乳がん・卵巣がんを含む)の発症と関係するものは、大きく分けて「環境によるもの」と「遺伝によるもの」に分けることができます。遺伝が、がんの発症と強く関わっている場合を「遺伝性のがん」といいます。遺伝性の乳がんは乳がん全体の5-10%です。
遺伝性乳がんの代表的なものとして、「遺伝性乳がん卵巣がん症候群:HBOC(Hereditary Brest Ovarian Cancer」があります。HBOCと診断された方はが乳がんだけでなく卵巣がんも発症しやすい傾向があります。
- 若年で乳がんを発症する
トリプルネガティブ(エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2発現がないタイプ)の乳がんを発症する - 両方の乳房にがんを発症する
- 片方の乳房に複数回乳がんを発症する
- 乳がんと卵巣がん(卵管がん、腹膜がんを含む)の両方を発症する
- 男性で乳がんを発症する
- 家系内にすい臓がんや前立腺がんになった人がいる
- 家系内に乳がんや卵巣がんになった人がいる
HBOCの診断を行うためには、BRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子を調べます。BRCA1/2遺伝子のどちらかに病的変異があると、乳がんだけでなく卵巣がんも発症しやすい傾向があります。
一般に女性が乳がんを発症する確率は生涯で9%といわれています。BRCA遺伝子に変異があると、70歳までに49~57%になると報告されています。卵巣がんに関しては、70歳までに発症する確率が1%なのに対して、BRCA遺伝子に変異があると18~40%と報告されています。
遺伝性腫瘍を的確に診断することは、当事者である患者さんにより適切な治療や個別の定期検査を提供できること、将来についてより具体的な見通しが立つことだけではなく、同じ体質を有している可能性がある血縁関係の方にも正確な医療情報をお伝えすることができます。
遺伝子の変異は子どもに受け継がれますか?
遺伝子とは人の体の設計図のようなものです。人の体は37兆個の細胞でできていると言われます が、その細胞一つ一つに遺伝子が入っています。HBOCに関連があるのはBRCA1/2遺伝子です。この遺伝子は誰でも持っています。このBRCA1/2は、遺伝子が傷ついたときに正常な状態に修復する働きを持っており、とても重要です。BRCA1/2に生まれつき変異があり、さらに大人になって本来の機能が失われると、乳がんや卵巣がんなどにかかりやすいことがわかっています。この変異は2分の1の確率(50%)で子供に伝わることがわかっています。男性にも女性にも伝わります。変異を受け継いだからといって必ず病気をおこすわけではありません。しかし、変異があること分かれば、発症する前にいろいろな対策をとることができるようになってきました。
遺伝カウンセリング外来受診について
遺伝カウンセリングでは、遺伝子検査の種類や費用の説明だけではなく、遺伝子検査を受けて分かること・分からないこと、結果をどのように活用できるのか、遺伝子検査を受けない場合について話し合います。遺伝子検査のメリットとして、自分や家族が遺伝子の変異をもっているのかどうかはっきりさせることができます。また、がんの早期発見をするため個別的な定期健診をうけていくことや、リスク低減手術のようなより積極的な対応への決定材料になります。デメリットとして、がんに対する心配や将来の不安が増すことがあるかもしれません。同じ乳がん患者さんでも、年齢や立場、考え方や価値観は異なり、遺伝子検査に対する考え方もそれぞれです。そのため遺伝カウンセリングではしっかりとお気持ちを伺い、対応を考えていきます。
遺伝カウンセリングの第一歩としてまずは、ご本人がこれまでどんながんにいつごろかかったのか、血のつながった方にどのようながんにかかった方がいらっしゃるのかを詳しくお聞きすることからはじまります。その上で家系図を作成し、遺伝にかかわるがんかどうかを評価します。
遺伝子検査でHBOCであることがわかりました。どうしたらいいでしょう?
BRCA遺伝子の変異は生まれつきの体質です。その体質そのものを変えることはできません。食生活を改めたり、からだを動かすことはとても大事なことですが、遺伝子の変異がなくなることはありません。ただ、遺伝子が変異しているという情報があることにより対策をとることができます。具体的には下に示します。
乳がん | リスク低減手術、または、早期発見のための検査 (25歳から6か月ごとの乳がん検診) |
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卵巣がん | リスク低減手術、または、早期発見のための検査 (卵巣がんについては定期検査の有用性が現在のところ確立されていません。そのため「リスク低減手術」がもっとも確実な予防方法です) |
リスク低減手術とはなんですか?
がんが発症する前に、がんの発生リスクを最大限下げるため乳房や卵巣を切除する手術のことで す。つまり、がんのしこりができる前に健常な乳房や卵巣卵管を切除します。
対側(健常)乳房に対するリスク低減手術
- これまで乳がんを発症していない(乳がん未発症者)に対する両側リスク低減乳房切除術
- すでに乳がんと診断され治療が終了した患者、または、これから乳がん治療を開始する患者(乳がん発症者)に対する反対側(健常)乳房リスク低減乳房切除術
リスク低減卵管卵巣摘出術
リスク低減卵管卵巣摘出手術の実施時期については個別に対応する必要があります。BRCA1遺伝子変異保持者の女性では出産終了後35~40歳に達した時点、または家系で最も早い卵巣がん診断年齢での実施が望ましいとされています。また、BRCA2 遺伝子変異保持者の女性では、40~45歳まで延期することも考慮されます。
リスク低減卵管卵巣摘出術によって閉経状態となるため、更年期症状や脂質異常症、心血管疾患、骨粗鬆症などが危惧されます。更年期障害に対するホルモン補充療法は効果的な対処方法ですが、乳がんにかかったことがある場合、ホルモン補充療法は原則として行われないため、女性ヘルスケア専門医や女性医学に精通した産婦人科専門医による対策と経過観察が必要です。リスク低減卵管卵巣摘出術を選択しなかった女性に対しては、確実な卵巣がんの検査方法は確立されていません。実際には、経腟超音波検査とCA125(卵巣がんの腫瘍マーカー)測定が行われています。
PARP阻害剤オラパリブ(リムパーザ)とBRACAnalysis診断システム
オラパリブ(リムパーザ)とは、「がん化学療法歴のあるBRCA遺伝子変異陽性かつHER2陰性の手術不能または再発乳癌」へ使用できることになった新しい抗悪性腫瘍薬剤です。PARP阻害剤と呼ばれる分子標的治療薬で、BRCA変異のある方(HBOCと診断された方)に効果が確認されています。2018年7月から使用できるようになりました。BRACAnalysis診断システムはHBOCの診断を確定するために必要な検査です。この検査で「陽性」と判断された場合はオラパリブ(リムパーザ)による治療を受けることができます。「陽性」の場合は遺伝カウンセリングが必要です。くわしくは外来の担当医にご相談ください。
九州家族性腫瘍ネットワークと日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構
BRCA遺伝子検査について
- 2020年4月より乳がんにかかったことのある患者さんに対するBRCA遺伝子検査が保険収載 されました。
- 乳癌遺伝カウンセリング外来のあと、ご本人がご希望された場合に遺伝子検査を行います(文書による同意が必要です)。
- 検査は採血です。結果が判明するまで2~3週間ほどかかります。
- 血縁者にBRCA遺伝子変異があることが分かっている場合、シングルサイト検査*が可能です。
- 遺伝子検査の費用は別途必要です。
BRCA遺伝子検査が保険適応となるのは、すでに乳がんが発症した方です。以下のいずれかの項 目に当てはまる方が対象です。
- 45歳以下の発症
- 60歳以下のトリプルネガティブ乳がん
- 2個以上の原発乳がん発症
- 第3度近親者内に乳がんまたは卵巣がん発症者がいる
- 男性乳がん
また、卵巣がん、卵管がんおよび腹膜がんがすでに発症した場合と従来からのPARP阻害薬に対す るコンパニオン診断の適格基準を満たす場合に保険適用となります。 これ以外の場合は、すべて 自費診療となります。不明な点はご相談ください。
シングルサイト検査とは?
発端者の遺伝子検査は、BRCA遺伝子の全配列を調べます。発端者の遺伝子変異部位が分かっ ていれば、血縁者はその遺伝子配列のみを調べることで、変異を受け継いでいるかどうか判断 することができます。この特定部位のみの遺伝子検査をシングルサイト検査といいます。
HBOC以外の遺伝性の乳がん?
お問い合わせ先
連絡先 | TEL:092-608-0001(代表) 「外科外来へ」「遺伝相談外来」とお伝えください。 |
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受付時間 | 月曜日〜金曜日 13:00〜16:00 |